2019年に亡くなられたジャニー喜多川さんですがその影響力は凄まじく、2023年10月現在でも世間の話題となっています。
今回はそんなジャニー喜多川さんのイケメンと噂の若い頃の画像を時系列順にまとめ!
記事後半では、ハーフ説の真相についても調査しましたので、最後まで見ていってくださいね。
ジャニー喜多川の若い頃のイケメン画像9選時系列順まとめ!

9選はこんな感じ。
- アメリカでの青年時代:18歳ごろ(1950年頃)
- 美空ひばりのマネージメント担当:20代前半ごろ(1952年〜1957年頃)
- 野球チームからジャニーズ設立へ:32歳ごろ(1964年頃)
- 初代ジャニーズがレッスンのため渡米:34歳ごろ(1966年)
- フォーリーブスに熱血指導:38歳ごろ(1970年頃)
- 服部良一の葬儀にて:61歳ごろ(1993年)
- メディア業界の大物達と杯:66歳ごろ(1998年頃)
- NEWSなど人気グループを世に:71歳ごろ(2003年頃)
- ギネスに認定:79歳ごろ(2011年頃)
イケメンと噂の若い頃を順番に見ていきましょう!
アメリカでの青年時代:18歳ごろ(1950年頃)

目鼻立ちのくっきりにしたハンサムな顔立ちをされてますね。
ジャニーさんはアメリカ・ロサンゼルスの生まれで、本名は『ジョン・ヒロム・キタガワ』
そのため、ミドルネームの”ジョン”が”ジャニー”という愛称で呼ばれていたんだとか。
美空ひばりのマネージメント担当:20代前半ごろ(1952年〜1957年頃)

ジャニーさんのお父さんは、ロサンゼルスで僧侶を行っていたんだとか!
そのお父さんが務める職場が、たまたま美空ひばりさんの公演の舞台になることに。
その際、若いながらもジャニーさんはひばりさんの公演の舞台の運営・管理を担当することになったのだそう。
このひばりさんとの出会いと経験が、後に日本の芸能界へ進出するきっかけになったようです。
めっちゃお仕事できそうな顔してますもんね。
野球チームからジャニーズ設立へ:32歳ごろ(1964年頃)

ジャニーさんはこの頃、アメリカでの兵役を終え、東京の米国大使館に勤務。

その傍ら、野球チームのコーチも務めていたようで、その名称は『ジャニーさんのチーム=ジャニーズ』
これが現在のジャニーズの原型になり、当時の雑誌にお写真が掲載されたんだそう。
初代ジャニーズがレッスンのため渡米:34歳ごろ(1966年)

前述の野球チームから4人が『ジャニーズ』というグループ名でデビュー。
名称がややこしいので、”初代ジャニーズ”などと呼ばれているんだそう。
この頃はアイドルグループとして、本格的なダンスレッスンを行うため渡米していたんだとか。
フォーリーブスに熱血指導:38歳ごろ(1970年頃)

貴重なジャニーさんの肉声映像なので、
ジャニーさんってこんな声してたんだ
って思う人も多いかも。
1968年デビューのフォーリーブスに対して、何やら熱血指導をしているよう。
この頃は、ジャニーさんがタレントに直接指導することも多かったのかもしれませんね。
服部良一の葬儀にて:61歳ごろ(1993年)

良一さんは「東京ブギウギ」などの名曲で知られる国民栄誉賞も受賞した作曲家。

そんな良一さんとジャニーさんは仲が良く、葬儀の食事の場では親族席に座っているほどの仲。
家族ぐるみでの付き合いもあり、ジャニーさんは良一さんの息子・良次さんと孫・有吉くんには特に目をかけていたんだとか。
親族ではないのに親族席に座るってすごい仲。。。
メディア業界の大物達と杯:66歳ごろ(1998年頃)

こちらも貴重な肉声となっております。
ジャニーさんを始め、電通、石原プロ、キー局の重役と言ったすごいメンバーが集結。
皆さん何やら楽しそうですね。
NEWSなど人気グループを世に:71歳ごろ(2003年頃)

この頃デビューしたグループはこんな感じ。
- 2004年:関ジャニ∞
- 2003年:NEWS
- 2002年:タッキー&翼
- 1999年:嵐


メンバーが豪華すぎる。。。
まさにジャニーズ黄金期といっても過言ではなさそうですね。
この頃のジャニーさんは経営手腕は神がかり的だったのでしょう。
ギネスに認定:79歳ごろ(2011年頃)

認定理由はこんな感じ。
- 最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物
- 最も多くのコンサートをプロデュースした人物
32歳頃からメディアへの写真掲載を拒んでいたジャニーさんの画像が載ったことでも、少し話題になりましたね。
この写真といえばジャニーさんといった感じ。
2023年9月6日にこの記録は削除されてしまいましたが、それまでは世界が認める偉人だったということでしょう。
ジャニー喜多川の若い頃のイケメンハーフ説の真相も調査!

生まれはアメリカですが、ご両親はともに日本人といった経緯から日本とアメリカの2つの国籍を持ちます。
そのため、日本とアメリカのどちらでも生活していた時期もあるようで、ハーフ説が生まれた模様。
ジャニー喜多川の若い頃と晩年の画像を比較!

目元あたりはトレードマークの眼鏡でわかりづらいですが、鼻・耳の形や輪郭といったところはどこか面影が。
この青年が歳をとったらこうなりそう!
みたいな顔立ちのように感じますよね。
まとめ
ジャニーさんの若い頃、9選時系列順はこんな感じ。
- アメリカでの青年時代:18歳ごろ(1950年頃)
- 美空ひばりのマネージメント担当:20代前半ごろ(1952年〜1957年頃)
- 野球チームからジャニーズ設立へ:32歳ごろ(1964年頃)
- 初代ジャニーズがレッスンのため渡米:34歳ごろ(1966年)
- フォーリーブスに熱血指導:38歳ごろ(1970年頃)
- 服部良一の葬儀にて:61歳ごろ(1993年)
- メディア業界の大物達と杯:66歳ごろ(1998年頃)
- NEWSなど人気グループを世に:71歳ごろ(2003年頃)
- ギネスに認定:79歳ごろ(2011年頃)
ハーフ説はご両親が日本人なので、アメリカ生まれから来たデマのよう。
若い頃と晩年の画像も見比べると面影がありましたね。
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